たとえばコロナ禍みたいな状況になったとして

皆が率先して家に籠れば感染は防げる。これを今までは個々人の我慢強さなどに頼っていたわけだ。でも好みを変化させることができれば、好き好んで家に籠れるようになるわけです。これは幸せなことかもしれませんけど、どうでしょうか。自律する力がない人はこれからは率先して社会に適合するように好みを変化させるようになるかも。ディストピア的ですか。俺はコロナ禍で風俗店に遊びに行くのを我慢できてるんで、そういうのにはあまりお世話にならないかもですが。よっぽどの理由じゃないとそんな強権的なことはできないでしょうが。疫病ってのはその理由になり得る気がします。

逆に疫病が終焉すれば、経済を活性化するために外出を好むようにする。人間の好みに社会が合わせるのではなく、社会に人間の好みを合わせることができるようになる。人間って何なんだ、もはや人間は社会の部品なのか、そういう考えになっていくのか。どこでブレーキを踏むんでしょうか。人間が部品のように動く社会は恐いですよ。普通の人間には対抗できないかもしれません。

まあ今の所そこまで色々なことができるわけではないみたいですけど。いずれできるようになりそうですよね。PTSD に悩まされている人にとっては必要な技術ですし、楽しみにしてる人もいるんでしょう。精神的ドーピングとかスポーツ選手がやりそうですよね。筋トレを苦痛に感じないようにしたいとか。要は「やる気スイッチ」ですよ、物理的な。便利な世の中になっていくなあ。