群れの中で他者を比較対象として認識するのではなく

独立した個人が現代日本に存在しているだけと認識する。人間も動物のように。動物に知恵が生えているだけ、それぐらいの認識で良い。動物のようにかわいがれば良いし、悲しそうな目をしていれば一緒に悲しめばいい。そういうことはできるでしょ。また獣は脅威にもなりえる。同じように脅威となる個人もいるでしょう。それは戦争みたいなことでもあるでしょうし、そうじゃなくて自分が仕事をしていて、自分より仕事ができる人がいた場合とかもそうですよ。その時は心からこいつは凄いなって認めたうえで、このままじゃ俺もやばいじゃないか勉強しないとって頑張れば良いだけ。劣等感を感じる必要はないわけだ。まあ考えようだよな。他者と自分を切り離せ。

これは冗談ですが、俺はそれなりに博愛で言わば「仁」を或る程度は持ってるから。君主としての資質があるのよ。なので他者に価値を見い出さず、自分と切り離してしまっても、それでも他者を尊重できるわけさ。だから実は一般人にはオススメできない方法かもしれない。仁が無い人が自分と他者を切り離したら、大変なことになりそうだからな。でも仁って意外と誰でも持ってるような気もしなくもないんだけどな。どうなんだろうな。まあ仁ってものをどれだけ高尚なものと捉えるかどうかにもよるか。俺は少なくとも高尚ではないので。

東電がアホって根拠

沢山ありますけどね。Wikipedia にも福島の原発について書いてあるじゃないですか。すっごい分かりやすい話とかあるよ。読んでてアホだな~って思いますよ。これがアホじゃなかったらなんなんですか。わざとやったの?って話になるし。アホなんでしょ。どう考えてもあれは人災だったなって印象です。

昨日の記事の続きだけど、現行ロケット打ち上げ運用 10 年みたいな人は

新しいロケット研究開発に向いてるとは限らない。確かにロケットに関する仕事のプロではあるけども。既に出来上がってるものを運用し続ける仕事と新しいものを作る仕事は違うから。ロケット打ち上げ運用ってのは衛星を打ち上げたり ISS に物資や人を届けたりするのが主な目的じゃないですか。とにかく失敗せずに期日までに打ち上げて荷物さえ綺麗に軌道投入したりできれば OK なんですよ。そこまでの道筋がどれだけ汚くても。そこが最も肝心なところで。それはロケット打ち上げ以外にも言えることであって、オンラインゲームの定期的なバージョンアップとかでも、とにかく或る程度の期日内に大きなバグなく追加機能をリリースできれば OK なんですよ。その際にどれだけ汚いソースを書いたとしても構わない。リリースさせれば成功なわけです。そういう仕事なんですよ。運用系の仕事って。

汚いソースを書けば将来の運用保守に禍根を残すってことも考えて綺麗なコードを書きたいって人もいるだろうけど、でもリリース優先が正義だったりする。それが運用ってやつだから。現場にもよるだろうけどさ。そこに人がひっきりなしに入れ替わったりするような条件が加わると、将来の運用保守とか全く考えない無責任な人達ばかりになったり、確率的に異常に能力が無い人が入って来たりして、保守性は更に悪化するでしょう。またお役所仕事的に利用者の厳しい目にさらされないような属性があれば更に痛い。そうして利用者目線がなくなってしまう。経営者目線なんてのも当然なく、段々と視野が狭くなり取り敢えず追加機能リリースすれば良いんだって考えになって行ってしまう。良く分からないが経歴が長い程に視野が狭くなるタイプがいる。

でまあそういう運用保守における人選ってのは、やっぱりそういう人間を選ぶわけだよ。一度一度のリリースをとにかく成功させようとする人。その場凌ぎだろうがなんだろうが成功させる人。後でどれだけ困ることになろうが、目の前だけを乗り切ろうとする人。できるだけ今の苦労を将来に持ち越す人。新しいことが嫌いで今ある手順で最大限に楽をしてやり過ごす。

そういう人って言うのは、性格的に新ロケットの研究開発に向かないわけよ。新ロケットの研究開発は運用中のものより更に高性能なものを作り出すわけじゃないですか。低コストで運用できるような。それって「できるだけ今の苦労を将来に持ち越す人」に物凄く不向きなんだわ。今の苦労を最大化して将来の苦労を低くするのが研究開発なんだよ。だから全く合ってないでしょ。なので俺は不向きである確率は十分に高いと考えますね。

それでも運用もできるし、研究開発も一流って人もいるんでしょうけども。視野が広くて色々なことに柔軟に対応できる人間ならどっちもできますよ。運用の場合の肝はリリースを成功させることだけど、研究開発の肝は将来の運用を今より良くすること、そういったことをちゃんと切り替えて動けるような人。そういう人はもっと上のステージまで上がれそうですけど。社長とかさ。

相対的な言葉

完璧主義者って言葉は分かりやすいかな。

ある人 A が別の人 B を差して完璧主義者だって言ったとして、B は完璧主義者なのかって言うと、そうじゃないわけですよ。そういう性質の言葉なんですよね完璧主義者って言葉は。

次にある人 A が完璧主義者について論じたとします。そしたら A のイメージする完璧主義者像が生み出された。それは別の人 B のイメージするものと必ずしも一致しない。そういう言葉でもあります。

またある人 A が完璧主義者という言葉を使って、ある分野 a における完璧主義者は別の分野 b でこんな動きをするって言い始めたとして、決して分野 a における完璧主義者の性質に言及せず、完璧主義者ではない分野 b での性質のみを語ったとしたら、それを別の人 B が聞いて完璧主義者という記号について分かり合えることもあるかもしれません。

凄くどうでもいいな。単純に揶揄したいとか劣等感に起因してるとか色々あるんでしょうけども。マジで作業指示が細かいってのもあるんだろうけど、埃が 1 つ落ちてましたよ的な。それはそれで嫁いびり系の問題なんではないかって気がするけど。

たとえば 11 + 22 = 34 じゃないかって言って、それについて 11 + 22 = 33 だろって指摘があって、それを 1 ぐらい間違っててもいいだろ!この完璧主義者が!って言うこともあるわけだ。これがそれぞれの感性ってやつでしょ。あー、お前の頭の中では 33 と 34 ってニアリーイコールだったんだな、ってその時になって気づかされるわけだ、ちょっと想定外だったわって。でも別の人の脳内では 11 + 22 = 33 は自明のことだったりするわけですよ。考えるまでもないほどに当たり前の事実として染みついてたりする。そういう格差があるんだよな。

まああれだわ、なるべく寛容に慈しみを持って接するように心がけるべきですね。劣等感ってのは俺は良く分からないけど厄介らしいよ。自分より優れた人がいたら「俺より優れてるな!」って認めれば良いだけなのに、どうにもそれができない人がいるらしい。

人間にも恐らく動物と同じで負けず嫌いって性質がありますが、これは他者と自分の間の関係性を重視してるんですよね。群れて暮らす多少なりとも社会性のある動物としての本能なのでしょうか。その性質に囚われたままで自由になれない、自由にならない、自由になりたくない人達もいるってことなんだよなあ。負けず嫌いは凄いんだよ!負けるのが泣くぐらい嫌いだから勝つためにすっごい努力できるんだ!みたいな漫画っぽいセリフは数多あるでしょうし。悪い面ばかりじゃないんだろうけどさ。他者と自分を比較するのは本当にくだらないのにな。それだけ他者に価値を見い出してるんでしょうけども。それは素晴らしいことか。俺は他者にそこまで価値を見い出さないから。比較する意味ないよね、としか思えないですが。昔は人類は他者との比較に明け暮れていたんでしょう。それは群れの中で生きていく上で重要だったから。今でも必要ではあるんですよ生きていく上で。でもだいぶ楽になってるんだよ現代日本は。これだけ法治が機能していて生活保護だってあるんだし。別にそこまで他者に対して比較優位に立たなくても生きて行けるのにな。必要性はなくなったとしても強い本能に従うか。それも人間ではありますが。だから劣等感ってのは厄介なんでしょう。彼等は比較劣位に立ったら自分は死ぬぐらいの本能に動かされているって考えた方が良いわけで、場合によってはそれは殺意にも発展しかねないものと考えて応対するのが妥当ですよ。気を付けよう。

東京エレクトロンなどの半導体株が買われているのはモメンタム(勢い)だって言うけど

実は中国がマジで半導体製造装置系技術を取りに来てるってことはないんでしょうか。買収して技術を抜き取りたいとか。そんなことないかなあ。外為法で制限かけてるのかなあ。

新 NISA から証券取引始めましたって初心者はオルカンを主に買ってるそうですね。半導体株に手を出すよりは初心者向きでいいんじゃないかな。もっと初心者向けの投信もある気がするけどさ。さわかみ投信だっけ。そういう系をコツコツと積み立てするのが初心者向け感あるけどなあ。俺は買ったことないけど。素人の俺の意見はどうでもいいでしょうが。買って損しても俺の所為にしないでくれよ。検索するとさわかみ投信で損しましたみたいな情報も出て来るから。さわかみよりレオスとかのが良かったりするんだろうか。オルカンみたいなインデックス系の投信は今の時勢では初心者向けじゃない気がするよ。2009 年頃であればインデックス系の投信は間違いなく初心者向けだったんじゃないかな。素人の戯言だから気にしないで。

お役所仕事

お役所仕事ってのは役人が行う仕事のことを言ってるんじゃない。役所やインフラに関する仕事のことだ。なので派遣社員の仕事とかでもある。お役所仕事ってのはライバルが基本的にいない。確かに村や町や市や県って単位ではライバルがいるけどさ。もちろん国だって外国に飛び出せばライバルはいるんだけどさ。それでもそういうことは考えない人達が沢山います。東電が原発事故を起こしたように。どんだけアホならあんなことができたのか不思議じゃないですか。関西の方は原発を稼働してますけど。関西は稼働してるけど東電は稼働できていないってのは、詳しいことは知りませんが、どうにも突出して東電がアホだからって話みたいですよ。東電って首都東京を名前に冠していて如何にもエリートで頭が良さそうってイメージですけど、そうじゃなくて実はアホだった。原発以外はまともだったのかもですが。少なくとも原発については酷かった。とりあえず今はマグナ BSP とかの話は忘れてます。

どういうわけかお役所仕事をしてる人達は利用者目線ってのが消えるんですよ。自分達の仕事の結果を市民や国民が享受するってことを頭のどっか片隅では理解できているはずなんですが、それが仕事に表せないようだ。そして自分達にはライバルがいない。ライバルがいないってことは、市民や国民は自分達が作ったものを結局のところ利用する以外に選択肢がないって思っていて、だからいくらでも手を抜ける。それに細かいところなんて、どうせ愚民共は気づかないって言ってる。だから酷いものが平気で作られてしまう。

そうやって市民や国民ってものを判断基準から切り離してしまうんですよ。お役所仕事をしてる人達は。もちろん良心が残ってる人達もいるけどさ。市民や国民を判断基準から切り離した連中がどういった理屈で動き始めるかって言うと、組織の理屈を優先し始めるんです。たとえば利益を出したい納期に間に合わせたいって言って品質を無視し始める。物凄い近視眼的な世界で動くんです。それがお役所仕事って奴です。それによって生み出されたもので市民や国民が困るとか考えない。

予算不足が最大の問題なんだろうけど。人や時間や金が足りなけりゃまともな仕事なんてできないよな。実際には色々な要因が合わさってるんだろうけど。中には悪い奴もいるだろうしさ。でも悪い奴の比率が異様に高い職場ってのも少ないですよ、俺の今までの経験的には。お役所仕事の経験は少ないけど。善人・悪人・中性って言うと、中性な奴ってのは多い印象で、中性の奴は予算不足みたいな状況に陥ると保身に行動が偏りやすかった記憶です。つまり予算不足ってのは人を悪の道に進ませる。手抜きを正当化し始めるからね。

でも予算不足ってのは自分達が招いたものでもあるんですよ。負債を将来に持ち越して逃げて来た結果が目の前にあるだけで。それを理解できているのか。理解してないのかもな。品質の悪い仕事をして、その保守をすると金が余計にかかるんだわ。品質の良い仕事をすれば、初期コストこそかかるけど、その後のメンテは楽になるのに。金のかけどころが理解できていない。度し難いよ。素材は悪くないはずなのにな。世間の厳しい目にさらされないで生きてるから、そういうだめな頭になっちゃうんだろうな。お役所仕事ってのは同じ職場にいることも長いだろうし。同じところに長く在籍するってのは功罪相半ばするからな。

お役所仕事ではないけど、如何にもお役所仕事っぽいって感じのもあったな。ルールがあって、そのルールに従っていますって感じの仕事。ルールに従うためにルールに従いました、みたいな意味不明な仕事をしちゃう人達。ルールってのは何らかの目的があるんだけど、その辺りを全く理解せずにただただルールに従うんですよ。本当に酷いですよ。しかも全てのルールにしっかり従っているわけじゃないから性質が悪い。分かりやすく成果が目に見えやすいものだけはしっかり従うのな。しっかりどころか目的を見失い手段の目的化を起こすほど過剰に従う。群衆ってのはそういうものなのですよ。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処なんて夢のまた夢ってやつですよ。

結局のところルールに従う理由が惰性とか責められたくないからとか、そういうところにあるからなんでしょうか。責められたくないってのがルールに従う理由だと、とりあえずルールに従っておこうって考えてしまうから。隙を見せたくないって。ここでルールに従うことは無意味だって理解していても、隙を見せたくないし面倒臭いからとりあえず従って置こうって考えてしまいがちなのかもな。ルールに従っておけば、その結果が酷いものだったとしても、ルールに書いてあったからって言い訳ができるから。逆にルールを破ると結果として良かったとしても法治国家では罪になることもあるしな。でも法令とか無関係なローカルルールなんだからさあ。

ルールに従うのも大事なんですよ。ルールを無視する人が出始めると、そのうち誰もルールに従わなくなって、まったくルールが機能しなくなるから。だからルールの無視を組織的に奨励できないんだよな。柔軟性は大事なのに。どっちかに倒すかって考えると、ルールを無視するなって方に倒さざるを得ない。結局のところ組織ってのは玉石混交だからさ。高度の柔軟性に対応できるような高度人材ばかりじゃないから。時給 1,000 円の人から時給 5,000 円の人までいるから。時給 1,000 円の人に高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変にとか道義的に無理だからさ。そんな高度な要求するなら時給 5,000 円を払えって話になるじゃないですか。まあ通常はできないから 1,000 円しか払ってないんだろうけど。

そういうのってなんて言うんだろうね。群集心理って言うのかなあ。良く分からん。前例踏襲しやすいとか、細かいルールには従えないけど分かりやすいルールは過剰に従うとか。

まあ他人と一緒に仕事するってのは難しいんですよ。アルバイトでも良いから働いたことある人なら分かるでしょう。

たとえ話としてロケットの打ち上げとか分かりやすいかなあ。昔のロケットは打ち上げて使い捨ててたじゃないですか。でも最近は使い捨てずに着陸させて再使用するって研究開発が進んでるでしょう。この「研究開発」が、それまでの毎度毎度のロケットを打ち上げる「運用」と全く違う仕事だってのは火を見るより明らかじゃないですか。それが理解できないとしたら致命的ですよね。本当に致命的だと思うし、そんな奴いるのかって目を疑うよ。全く違う仕事なのにな。でまあロケットを再使用する理由は運用コスト削減が主な目的らしいじゃないですか。環境負荷軽減とかもあるだろうし。つまり初期開発コストを高めることで、以後の運用コストを下げるための研究開発なんですよ。金をかけるところでしっかりとかけて、以後の運用コストを下げる。当たり前のことだよなあ。当たり前のこと過ぎて誰も指摘しようとも考えないだろうけど、ロケットの通常の打ち上げコストと新しいロケットの研究開発コストの計算式が同じ訳ないじゃないですか。同じ計算式でコスト計算してたら問題ですよ。ありえない。