市場主義とか

公平って物に嫌悪感を持つ人は多いと思う。俺も多少はある。自由のが良いって考え方な。でも自由とか市場主義とか力とか流れに任せるってのは、結局それってのは究極の公平って奴に近付くだけの気がしている。
富んでいる力ある者達が富んでいない者達に施しを十分にしなかった場合、絶対に富んでいない者達の中に不満を持つ者が生まれる。俺の様な。そういう人間は現状の社会ではダメだって考えに必ず行き着き、そして、人工知能という物が社会を劇的に変え得る可能性に直ぐに気付く。俺の様な奴は沢山居る。幾らでも出て来る。俺なんて氷山の一角に過ぎない。弱者への施しを考えない社会、そういう人間が多い社会は、どうしてもそれを倒そうとする勢力を増大させる。要は俺の様な究極の公平を目指す人間ってのは「自由が最高!市場主義が最高!」って人間の影なんだよ。
そして力ある者が富んで当然という考え、そういう市場主義な世界で、人工知能に太刀打ち出来る人間はその内にいなくなる。人工知能が人間の労働を奪い続ける様を見ながら、誰もその流れを止める事は出来ない。より少ない原資で高い売り上げを上げる事が出来るから、儲かるから…。そうやって人の仕事はどんどん減って行き、やがては自分自身の仕事すら人工知能に取って代わられる時が来る。その流れに抗う事は出来ないだろう。
究極の公平に行き着かない事を考える富んでいる人達は施しを考える。そうする事によって「人類で公平をコントロールする」事を実現しようとする。これは人類滅亡への回避方法の 1 つであると思う。自分達で進んで施しを行い公平を維持する事によって、反乱分子を出なくし、安易な市場主義を否定する事によって、人工知能の反乱を防ぐ事が出来る。これは人類への試練であると思う。
今まで人類には試練が与えられて来たと思う。核ミサイルとかさ。人類滅亡への入り口には到達してしまったけど、何とか核ミサイルによる滅亡は回避出来ている。後は環境破壊での人類滅亡シナリオもあると思う。核ミサイルは何とか回避出来たけど、環境破壊は回避するのは難しいんじゃないかなあ…。環境破壊による影響も未知数というか、未だ「これだ!」って具合には分かっていないんでしょう。そしてアメリカや中国みたいな俺様系の国は現在も環境破壊に就いて考えが甘過ぎる。環境破壊に就いてもそのレベルの認識なのに弱者への施しなんて回避出来るとは思えないよ。
人類如きに出来るかね。俺はもう割と失望してるから無理なんじゃねえって思ってるんだけど。非人類を下等生物と言った人類が逆に「人類?そんな下等生物が昔は居たね」って言われる時代が来るんだ。