吸血鬼でしたっけ

噛まれると自分も吸血鬼になっちゃうのって。鬼滅の刃は血を注ぎ込むと鬼になるらしいですね。進撃の巨人は骨髄液を注射するんでしたか、霧でも良いんだかなんだか。デュラララは切るとなっちゃうんでしたか。人はこういうの好きなんですかね。どうしてこうも同じような設定の話がいくつもできるんでしょうね。何か理由があるのかな。そして感染源を親として被感染者を子と表現すると、親は子に対して精神的な支配権を持つみたいな設定もありますよね。進撃の巨人鬼滅の刃もデュラララもそうだ。強制的に体を動かすだとか心を読むだとかテレパシーだとか、そういうのね。これは人間であればどうしてもどうしても思いついてしまうファンタジー設定なんですかねえ。それとも実際にそういうのが存在してるのか。仮に実際に存在していて、その存在を感染者が鬼滅の刃のように言うと死んでしまうみたいなことがあるとすれば、それが世の中の表に出てくることはないよね。だけどもしかしたらこうやってファンタジーの本で仄めかすこともあるかもしれない。それぐらいだったらできるのかもしれない、とか思ってしまったりしますね。だとすれば、それはきっと警鐘なんですよね。感染してない人達へのさ。これで分かれよ分かれよ伝われよ伝われよって、ファンタジーの中に何か真実に近い話を仕込んで、そんなことを願っているとかね。最近はそんな話ありましたっけ、感染しそうな話。大規模な輸血の話とかありましたか。骨髄移植とか。なんかありましたっけか。新型コロナ。血清。どうなんでしょうね。

俺は思ったんですけどね。日本国憲法では色々と精神活動の自由ってのが保証されていて、それってこんだけ自由民主主義な社会に住んでれば当たり前のことだと思うところがあるじゃないですか。表現の自由こそ色々と縛りはあるものの。だけど頭の中で何を思おうと自由ってのは当たり前のことだと思いませんか。口に出さないんですよ。だけど精神活動の自由なんて言葉があります。これはもしかしたら本当に精神活動の自由が無い人達がいるのかもしれないなんてことを思わせますよね。本当に無惨に精神を支配されているかのような、自由に物事を思考できないような、本当に精神活動の自由が無い人達がいるのかもしれない。そんな不自由な人達が国の要衝についていて、その真の精神活動の自由への願いを込めて憲法があるのかもしれない、なんてことを想像しますよね。そんなことがあったら酷い話ですよね。人が何を考えようが勝手だと思いますし、それを阻害するような介入をする者がいたら俺は個人的には死刑でも良いんじゃないかって思いますけどね。だってあり得ないでしょう。頭の中で何かを考えることを邪魔されるんですよ。暴力と同等かそれ以上の行いだと思います。殺人までは行かないのかなあ、でも精神を支配されるってことは何かをさせられてしまうってことでもあるから、そうなると殺人とも同等かそれ以上かもしれない。とにかく他人の精神に直接介入することというのは絶対に許されてはならないと俺は思いますね。また本人の意思に反して他人の精神に直接につながったりしたら、それはそれで嫌ですよね。精神を読み取るのも嫌だし、精神を読み取られるのも嫌ですね。

まあそんな話は完全にファンタジーであって欲しいですよ。